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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)77号 判決 1996年3月28日

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

同代表者代表取締役

志岐守哉

同訴訟代理人弁理士

上田守

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

小川謙

及川泰嘉

吉野日出夫

飯高勉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成2年審判第23675号事件について平成4年2月12日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年4月13日名称を「メモリ読出し装置」とする発明(以下「本願発明」という。)にっき特許出願(昭和59年特許願第75221号)をしたところ、平成2年12月4日拒絶査定を受けたので、同年12月27日審判の請求をし、平成2年審判第23675号事件として審理され、平成4年2月12日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月9日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

アドレス信号のうちのX方向アドレスをデコードした出力がワードラインを経てメモリトランジスタのゲートに加えられ、上記アドレス信号のうちのY方向アドレスをデコードした出力によって選択されるビットラインに第1の電位が加えられ、当該メモリトランジスタが論理「1」のビットを記憶する場合、当該メモリトランジスタのゲートに加えられる電圧が所定の大きさに達した時点において、当該ビットラインの電位が当該メモリトランジスタを介して第2の電位まで放電するように動作するメモリ読出し装置において、

上記アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力するエッジトリガ回路、

上記第1の電位と上記第2の電位とのほぼ中間点である第3の電位を成生する定電圧源、

上記エッジトリガ回路の出力の制御により上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えたことを特徴とするメモリ読出し装置(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、昭和54年特許出願公開第107638号公報(以下「引用例」という、別紙図面2参照)には、「メモリのデータはメモリ素子を構成するトランジスタのオン又はオフによって定まるので、」(2頁左上欄5行ないし7行)と記載され、さらに、「メモリ装置における読出時間の短縮を可能とするメモリデータ読出回路の提供を目的とし、」(3頁右上欄2行ないし4行)と記載され、さらに、「各メモリデータ読出ラインの非選択時には、該メモリデータ読出ラインを前記電圧振幅内の電位にプリチヤージするべく、前記回路ブロツクと同様の回路ブロツクを設けた点にある。」(3頁右上欄11行ないし14行)と記載され、さらに、「T1、T2、T3、T4はデータライン選択用の信号を入力すべき端子であつて、」(4頁左上欄5、6行)と記載され、さらに、「インバータS1を介在させたことによりスイツチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14はオン状態になり、データライン11、12、13、14は回路ブロツクCB0と導通し、該回路ブロツクCB0によつて作成されたプリチヤージ電圧Vによってプリチヤージされる。」(4頁左下欄1行ないし6行)と記載され、さらに、「プリチヤージ電圧Vは回路ブロツクCB1、CB2、CB3、CB4によつて抑制された前記電圧振幅内の略々中間のレベルとなる。すなわちデータライン11、12、13、14はこれらに連なるメモリ素子111、112、…144のオン、オフに拘らず前述のレベルにプリチヤージされ、従つて、これらのデータラインが後に選択されたときにはその立上り時間、立下り時間が最も効果的に短縮されることになる。」(4頁左下欄9行ないし17行)と記載され、さらに、「回路ブロツクCB0によってこのとき非選択のデータラインを上記電圧振幅内の電位にプリチヤージしておくものであるから、各データラインの“L”レベルから“H”レベルへの立上り、“H”レベルから“L”レベルへの立下りが迅速に行われる結果メモリデータの読出時間の短縮を可能とする。」(4頁右下欄3行ないし9行)と記載されている。この記載から、引用例には次のものが記載されているものと認められる。

アドレス信号のうちのX方向アドレスをデコードした出力がワードラインを経てメモリトランジスタのゲートに加えられ、上記アドレス信号のうちのY方向アドレスをデコードした出力によって選択されるメモリデータ読出ラインに”H”の電位が加えられ、当該メモリトランジスタが論理「1」のビットを記憶する場合、当該メモリトランジスタのゲートに加えられる電圧が所定の大きさに達した時点において、当該メモリデータ読出ラインの電位が当該メモリトランジスタを介して“L”の電位まで放電するよう動作するメモリ読出し装置において、

上記“H”の電位と上記“L”の電位とのほぼ中間点である第3の電位を成生する回路ブロックCB0、

各メモリデータ読出ラインの非選択時には、上記回路ブロックCB0と上記メモリデータ読出ラインとを接続するスイッチトランジスタを備えたことを特徴とするメモリデータ読出し装置。

(3)  本願発明と引用例記載の発明を対比すると、ここで、本願発明のビットラインは引用例のメモリデータ読出ラインに、本願発明の第1の電位と第2の電位は引用例の“H”の電位と“L”の電位に、本願発明の定電圧源は引用例の回路ブロックCB0に、本願発明のトランスファーゲートは引用例のスイッチトランジスタにそれぞれ対応するから、

両者は、以下の点で一致すると認められる。

アドレス信号のうちのX方向アドレスをデコードした出力がワードラインを経てメモリトランジスタのゲートに加えられ、上記アドレス信号のうちのY方向アドレスをデコードした出力によって選択されるビットラインに第1の電位が加えられ、当該メモリトランジスタが論理「1」のビットを記憶する場合、当該メモリトランジスタのゲートに加えられる電圧が所定の大きさに達した時点において、当該ビットラインの電位が当該メモリトランジスタを介して第2の電位まで放電するよう動作するメモリ読出し装置において、

上記第1の電位と上記第2の電位とのほぼ中間点である第3の電位を成生する定電圧源、

上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えたことを特徴とするメモリ読出し装置。

(4)  そして、両者は、以下の点で相違すると認められる。

ビットラインを第3の電位に固定する(すなわちビットラインを第3の電位にプリチャージする)ための、第3の電位を成生する定電圧源とビットラインとの接続が、本願発明は、アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力するエッジトリガ回路を設けて、該エッジトリガ回路の出力の制御により定電圧源とビットラインとが接続されるのに対して、引用例記載の発明は、データライン選択用の信号に応じて、回路ブロックCB0とメモリデータ読出ラインとが接続される点。

(5)  上記相違点について検討する。

メモリ装置の読出時、定電圧源とビットラインとを接続してビットラインをプリチャージする手段として、アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力する回路を設けて、該回路の出力の制御により電圧源とビットラインとを接続したものは周知であるから(例えば、昭和56年特許出願公開第68989号公報、昭和57年特許出願公開第40793号公報等を参照)、したがって、引用例のビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間点である第3の電位でプリチャージするという技術的思想を、上記周知の定電圧源とビットラインとの接続手段に適用して、本願発明のようにすることは、当業者が格別工夫を必要とすることなく推考できる程度のことであり、また、その効果も格別のものとは認められない。

(6)  したがって、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、(1)、(2)は認める、(3)のうち、本願発明と引用例記載の発明が「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えたことを特徴とするメモリ読出し装置」である点で一致するとの認定は争い、その余は認める、(4)ないし(6)は争う。

審決は、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点の認定を誤り、かつ、周知技術の認定を誤った結果相違点の判断を誤り、さらに、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)

<1> 本願発明は、その構成要素として、「上記エッジトリガ回路の出力の制御により上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲート」を含んでいるが、この構成要素中で「上記ビットライン」が何を指称するかは、明文上明白であるとはいえないので、解釈によりその意義を確定しなければならないが、特許請求の範囲の記載に基づいてこれを解釈すれば、「上記ビットライン」とは、「Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されたビットライン」の意味であると解することができる。

また、本願明細書の発明の詳細な説明中の〔発明の概要〕の項には、「この発明ではアドレス信号の変化が検出されるたびに、選択されたビットラインの電位を第3の電位に固定する。」(願書添付の明細書7頁4行ないし6行)との記載があり、この記載内容は、本願発明の要旨中の「上記ビットライン」についての上記の解釈と一致する。そして、本願明細書中には、この解釈と矛盾する記載は存しない。

<2> 審決は、本願発明と引用例記載の発明は、「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えた」点で一致すると認定しているが、これは誤りである。すなわち、引用例記載の発明は、「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲート」を備えていない。

ここで、「上記ビットライン」とは、<1>で述べたように、「Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されたビットライン」の意味である。

これに対し、引用例には、審決も摘示しているとおり、「各メモリデータ読出ラインの非選択時には、該メモリデータ読出ラインを前記電圧振幅内の電位にプリチヤージするべく、前記回路ブロツクと同様の回路ブロックを設けた点にある。」(3頁右上欄11行ないし14行)と記載されており、さらに、「さて上述の如く端子T2が“H”レベルとなつた場合には例えば端子T1は“L”レベルであり、スイツチトランジスタP11、P12、P13、P14及びR11、R12、R13、R14はオフとなつてデータライン11、12、13、14は非選択となり、また接地レベルから切離される。一方、インバータS1を介在させたことによりスイツチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14はオン状態になり、データライン11、12、13、14は回路ブロツクCB0と導通し、該回路ブロツクCB0によつて作成されたプリチヤージ電圧Vによつてプリチヤージされる。」(4頁右上欄16行ないし左下欄6行)と記載されている。これらの記載によれば、引用例記載の発明は、定電圧源となる回路ブロックCB0と非選択のデータライン(ビットライン)とを接続するスイッチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14を備えたものであるということができる。

他方、引用例記載の発明におけるY方向アドレスをデコードした出力によって選択されたデータライン(ビットライン)と回路ブロックCB0(定電圧源)との接続関係をみると、引用例には、「次に叙上の如く構成された本発明回路の動作を説明する。今、例えば端子T2にデータライン選択用の信号が“H”レベルで入力されるとスイツチトランジスタP21、P22、P23、P24及びR21、R22、R23、R24がオンとなりデータライン21、22、23、24が選択されることになる。なおこのときインバータS2を介在させたことによりスイツチトランジスタQ21、Q22、Q23、Q24がオフとなり前記データライン21、22、23、24と回路ブロックCB0とは遮断された状態になつている。」(4頁左上欄14行ないし右上欄3行)と記載されており、Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されたデータライン(ビットライン)と回路ブロックCB0(定電圧源)とは遮断状態になっていることが明らかである。

以上のとおり、引用例記載の発明は、「上記定電圧源と上記ビットライン(Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されたビットライン)とを接続するトランスファーゲートを備えている」とはいえないから、本願発明と引用例記載の発明との一致点についての審決の認定は誤りである。

<3> 本願発明と引用例記載の発明とは、上記一致点の認定の誤りを考慮すれば、本願発明は、アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力するエッジトリガ回路を設けて、該エッジトリガ回路の出力の制御により定電圧源とY方向アドレスをデコードした出力によって選択されたビットラインとが接続されるのに対して、引用例記載の発明は、データライン選択用の信号に応じて、回路ブロックCB0と非選択のメモリデータ読出ラインとが接続される点で両者の構成が相違しているから、審決は、この相違点を看過し、誤認している。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)

<1> 審決は、「メモリ装置の読出時、定電圧源とビットラインとを接続してビットラインをプリチャージする手段として、アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力する回路を設けて、該回路の出力の制御により電圧源とビットラインとを接続したものは周知である」との認定判断を示しているが、これは誤りである。

被告は、この周知性を立証するために、乙第1、第2号証を提出する。しかしながら、乙第1、第2号証に開示されている発明は、いわゆるスタティック型ランダムアクセスメモリ(SRAM)に関するものである。SRAMのメモリセルはフリップフロップ回路で構成されており、その1対の交叉接続点はそれぞれゲートがワード線に接続されたトランスファーゲートを介して1対のディジット線D1、D1に接続されている(乙第1号証504頁右上欄15行ないし左下欄1行、乙第2号証466頁右下欄6行ないし13行参照)。そして、ディジット線D1、D1はコントロール信号CE3によって制御されるトランジスタを介して電源電圧Vccの電源に接続されている(乙第1号証第9図、乙第2号証第11図参照)。このように、SRAMは1対のディジット線対(ビット線対)D1、D1を備えており、メモリの読出し又は書込み時には、上記ビット線対D1、D1をともに電源電圧Vccに充電するように構成されている。

すなわち、乙第1、第2号証に開示されている発明は、ビット線対を任意の電圧にプリチャージするものではなく、電源電圧Vccにプリチャージするものであり、そうでなければ、正常な読出し又は書込みの動作をしないものである。したがって、これらは、いずれも「電源電圧Vccとビット線対D1、D1を接続したもの」が周知であることを示すものにすぎない。

審決は、乙第1、第2号証におけるこのような電源電圧Vccでのプリチャージ等の限定を一切捨象して、一般的に上記の如き周知技術を認定したが、これは誤りである。

<2> 審決は、「引用例のビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間点である第3の電位でプリチャージするという技術的思想を、上記周知の定電圧源とビットラインとの接続手段に適用して、本願発明のようにすることは、当業者が格別工夫を必要とすることなく推考できる程度のことであり、」と認定判断しているが、これは誤りである。

審決は、引用例記載の発明の技術的思想を、周知の定電圧源とビットラインとの接続手段に適用するとするが、被告が周知だとする技術は、「定電圧源」と「ビットライン」との接続ではなく、「電源電圧Vccの電圧源」と「ビットライン対」との接続に関するものであり、第1の電位(Vcc)と第2の電位(0)とのほぼ中間点である第3の電位(1/2Vcc)でビットラインをプリチャージするものではないから、そもそも引用例記載の発明の技術的思想を、上記周知とされる接続手段に適用することは、技術的にできないものである。本願発明と被告が周知であるとする技術にはともに「プリチャージ」という用語が用いられているが、「プリチャージ」の技術的意義は、両者では全く異なるものである。

なお、仮に、上記の「適用」が可能であるとしても、引用例記載の発明の技術的思想が「非選択のビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間点である第3の電位でプリチャージするもの」であるのに対し、本願発明の技術的思想は、「選択されたビットラインを含むビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間点である第3の電位でプリチャージするもの」であって、両者の技術的思想は全く異なるものであるから、引用例記載の発明の技術的思想を被告が周知だとする技術に適用してみても、本願発明をなすことはできない。

したがって、容易推考性についての審決の判断は誤りである。

(3)  取消事由3(顕著な作用効果の看過)

審決は、本願発明の作用効果について、「その効果も格別のものとは認められない。」と認定判断しているが、これは誤りである。

本願発明では、アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力するエッジトリガ回路を設けて、該エッジトリガ回路の出力の制御により定電圧源と選択されたビットラインとを接続し、選択されたビットラインを第3の電位に固定する(すなわち、選択されたビットラインを第3の電位にプリチャージする)ので、アクセス時間を短縮して安定なデータ出力を得ることができるという顕著な作用効果を奏するものである。

そして、アドレス信号が変化する毎に選択されたビットラインがプリチャージされるので、例えばビットラインの選択を固定してワードラインの選択のみを変えるようなメモリ読出し時においても、ワードラインを選択するためのXアドレス信号が変化する毎に固定して選択されているビットラインがプリチャージされるので、上記と同様の作用効果を奏するものである。

これに対し、引用例記載の発明では、データライン選択用の信号に応じて、回路ブロックCB0と非選択のメモリデータ読出ラインとを接続し、非選択のメモリデータ読出ラインをプリチャージするものであるから、今、非選択のメモリデータ読出ラインが、後に選択されて読み出される場合にのみ、メモリの読出し時間の短縮が可能となるにすぎない。

このように、作用効果についての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、原告の主張は理由がない。

2(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り及ひ相違点の看過)について

<1> 原告は、審決の「上記ビットライン」とは、「Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されたビットライン」の意味であると解することができる旨主張するが、これは以下の理由により失当である。

本願発明のメモリ読出し装置には、ビットラインとしては、

イ. Y方向(列方向)アドレスをデコードした出力によって選択され、第1の電位が加えられるものと、

ロ. Y方向(列方向)アドレスをデコードした出力によって選択されないで、第1の電位が加えられないものと

が存在しており、Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されないで、第1の電位が加えられないビットラインが存在することは、当業者にとって極めて自明のことなので、わざわざ特許請求の範囲に記載しなくてもよいものとして発明の要旨を認定しただけのことである。

そして、「上記ビットライン」とは、イ. 「Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されたビットライン」の意味はもちろん含むが、ロ. 「Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されなかったビットライン」をも含むことは当然のことである。

したがって、あたかも、「上記ビットライン」がイ. の意味だけであるように誤解を生むような原告の主張は失当である。

原告が、本願発明を「上記ビットライン」を「Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されたビットライン」と限定して主張しても、このような限定は、特許請求の範囲に基づかないばかりか、そのような実施例の図面もなければそのための具体的な説明もないものである。

<2> 原告は、引用例記載の発明のものは、「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲート」を備えていない旨主張するが、これは以下の理由により失当である。

本願発明の「上記ビットライン」とは、<1>で述べたように、イ. 「Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されたビットライン」と、ロ. 「Y方向アドレスをデコードした出力によって選択されなかったビットライン」とを含んだすべてのビットラインの意味であり、本願発明の「トランスファーゲート」とは、エッジトリガ回路の出力の制御により定電圧源とビットライン(選択、非選択にかかわらず)とを接続するものである。

これに対して、引用例のスイッチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14は、端子T1、T2、T3、T4の制御レベルにより定電圧源となる回路ブロックCB0と非選択のデータライン(ビットライン)とを接続するものである。

そこで、本願発明の「トランスファーゲート」と引用例の「スイッチトランジスタ」の動作態様を考えると、両者とも定電圧源とビットラインとの接続を制御する点では同じ働きをしているのであって、前者は機能的名称であるのに対し、後者は動作素子的名称という単なる名称の相違にすぎない。

したがって、審決の一致点についての認定に誤りはない。

<3> 以上<2>で詳述したように、本願発明と引用例記載の発明との一致点についての審決の認定に誤りがないから、審決に相違点の看過は存しないのであって、両発明は、「ビットラインを第3の電位に固定する(すなわちビットラインを第3の電位にプリチャージする)ための、第3の電位を成生する定電圧源とビットラインとの接続が、本願発明は、アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力するエッジトリガ回路を設けて、該エッジトリガ回路の出力の制御により定電圧源とビットラインとが接続されるのに対して、引用例記載の発明は、データライン選択用の信号に応じて、回路ブロックCB0とメモリデータ読出ラインとが接続される点で相違する。」とする審決の相違点についての認定は誤りでない。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について

<1> 審決が判断するように、「アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力する回路を設けて、該回路の出力の制御により電圧源とビットラインとを接続したものは周知」であり、このことは、乙第1、第2号証の記載からも明らかである。

原告は、「乙第1、第2号証に開示されている発明は、いわゆるスタティック型ランダムアクセスメモリ(SRAM)に関するものである。」から、「(任意の電圧の)定電圧源とビットラインとを接続して、ビットラインを(任意の電圧に)プリチャージする手段として電圧源とビット線を接続したもの」は周知であるとはいえない旨主張するが、審決が周知であると主張しているのは、あくまでも、「メモリ読出し装置」において、「アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力する回路を設けて、該回路の出力の制御により電圧源とビットラインとを接続した接続手段」である。

また、本願発明の特許請求の範囲では、「メモリ読出し装置」がROM(読出し専用メモリ)であるとは限定されないため、周知のものがSRAMに関するものであっても、SRAMもメモリ読出し装置であり、このメモリ読出し装置であるSRAMにおいて、アドレス信号が変化してからビットラインをプリチャージすることが周知であれば、なにも限定のないメモリ読出し装置においては、アドレス信号が変化してからビットラインをプリチャージすることが周知であるということができる。

<2> 容易推考性については、審決に述べたとおりであるが、これを要約すると、本願発明と引用例記載の発明との一致点と相違点は、ビットラインと定電圧源(中間電位源)とをトランスファーゲートを用いて接続することにより、ビットラインを中間電位(本願発明の第3の電位)にプリチャージして、アクセス時間を短縮する点で一致し、ビットラインをプリチャージする時期が、本願発明ではアドレス信号が変化した後である点で相違しているのである。

ここで、ビットラインをプリチャージする時期について、アドレス信号が変化した後にビットラインをプリチャージすることが乙第1、第2号証でもみられるように周知であるから、引用例のビットラインを中間電位(本願発明の第3の電位)にプリチャージする時期を、アドレス信号が変化した後に行うことは、当業者が容易に推考できることである。

したがって、審決の容易推考性の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3(顕著な作用効果の看過)について

原告は、本願発明は引用例記載の発明に比較して顕著な作用効果を奏する旨主張するが、これは、以下の点で誤りである。

イ. 本願発明の特許請求の範囲には、原告が主張するような作用効果を奏するのに必要な装置の構成が記載されていない。

すなわち、特許請求の範囲には、「上記アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力するエッジトリガ回路」と記載されているのみで、「アドレス信号の変化点」が「読出しのためのアドレス信号が立上がる点」とも、「所定時間の間」が「アドレス信号が立上がってから、ワードラインの電圧が上昇してメモリトランジスタが駆動されるまでの間」とも記載されていない。

原告が主張するような作用効果を奏するためには、「アドレス信号の変化点」は「読出しのためにアドレス信号が立上がる点」とし、「所定時間の間」は「アドレス信号が立上がってから、ワードラインの電圧が上昇してメモリトランジスタが駆動されるまでの間」と限定されて、はじめていえることであって、特許請求の範囲には、そのような記載はない。「アドレス信号の変化点」は、読出しのためにアドレス信号が立上がる点と、アドレス信号が立下がる点とがあり、「所定時間の間」も任意のものである。極端な場合を考えると、「アドレス信号の変化点」を「読出しのためにアドレス信号が立下がる点」とし、「所定時間の間」を「アドレス信号の立下り点から次のアドレス信号の立上り点」とすると、引用例記載の発明と同じものとなる。

ロ. 引用例のビットラインを第1の電位と第2の電位のほぼ中間点である第3の電位でプリチャージして、アクセス時間を短縮するという技術的思想に、周知のアドレス信号が変化してからビットラインをプリチャージするという技術的思想を適用したものは、アドレス信号が変化してからビットラインを第3の電位(中間電位)にプリチャージするものであるから、引用例記載の発明の奏する作用効果は、原告が本願発明の作用効果と主張するものと、同等であるといわざるを得ない。

このように、審決の作用効果の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書及び願書添付の明細書及び図面)、同第3号証(平成3年1月10日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、ROM(読出し専用メモリ)に関するものであり、特に半導体で構成されたROMの読出し回路に関する。(願書添付の明細書2頁6行ないし8行)

(2)  従来のROM回路は、読出し時、時定数の大きいワードライン7を充電し、メモリ情報が「1」の場合において、ビットライン8を接地へ放電するのに時間がかかるため、アクセス時間を短縮することができないという欠点があった。(同6頁10行ないし7頁1行)

(3)  本願発明は、上記のような従来のものの欠点を除去するためになされたもので(同7頁3、4行)、特許請求の範囲記載の構成(平成3年1月10日付け手続補正書1頁2行ないし2頁1行)を採用した。この発明では、アドレス信号の変化が検出されるたびに、選択されたビットラインの電位を第3の電位に固定する。この第3の電位とは、センスアンプがメモリトランジスタのメモリ情報を「1」と判断する第1の電位と「0」と判断する第2の電位とのほぼ中間の電位であるために、ビットラインが第3の電位に固定されてもセンスアンプが誤判断することなく、この第3の電位から接地電位まで放電する放電時間は、第1の電位から接地電位まで放電する放電時間のほぼ半分になり、アクセス時間を短縮することができる。(同7頁4行ないし15行)

(4)  本願発明によれば、ワードライン7が充電される前にビットラインを第3の電位に一定期間固定しているので、アクセス時間を短縮して安定なデータ出力を得ることができる。(願書添付の明細書11頁7行ないし10行)

2(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)について

<1> 本願発明のビットラインについてみるに、前掲甲第2、第3号証によれば、本願明細書には、本願発明におけるビットラインを定義した記載は存しないが、その〔発明の概要〕には、「この発明ではアドレス信号の変化が検出されるたびに、選択されたビットラインの電位を第3の電位に固定する。」(願書添付の明細書7頁4行ないし6行)との記載があり、また、〔発明の実施例〕には、「アドレス入力信号が変化すると、Yデコーダ(4)がメモリトランジスタ(3)のビットライン(8)を選択し、次に40~100ナノ秒遅れてワードライン(7)の電圧が上昇してメモリトランジスタが駆動されることはさきに第2図について説明したとおりである」(同8頁2行ないし7行)と記載されていることが認められ、このことから、本願発明のビットラインはYデコーダによって選択されるものであると認められる。

したがって、本願発明のビットラインについては、ある特定の時点において、選択されたビットラインと、その時点において選択されていない非選択のビットラインが存在することになる。

ところで、本願発明のトランスファーゲートは、特許請求の範囲に、「上記エッジトリガ回路の出力の制御により上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えた」と記載され、本願明細書の〔発明の概要〕には、前示のように「この発明ではアドレス信号の変化が検出されるたびに、選択されたビットラインの電位を第3の電位に固定する。」と記載されており、上記エッジトリガ回路の出力の制御により定電圧源とビットラインとを接続するものであることが認められる。

したがって、このトランスファーゲートは、ビットラインと定電圧源の間に配置され、その導通によってこれらを接続するものであるということができる。

<2> そこで、審決の認定する「上記ビットライン」の意味するところを考えるに、審決認定のビットラインは、その前後の文脈からみて、「上記アドレス信号のうちY方向アドレスをデコードした出力によって選択されるビットライン」(審決6頁20行ないし7頁1行)、すなわち、選択、非選択に関わりのない一般的な意味でのビットライン、あるいは、「当該ビットライン」(同7頁10行)、すなわち、選択されたビットラインの何れかであると解することができる。

ところで、本願発明の特許請求の範囲の記載中の「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えたことを特徴とするメモリ読出し装置」は、この装置の構成に関する記載であり、しかも、発明の構成を規定する特許請求の範囲の記載であるから、ここに記載された「上記ビットライン」は、発明の構成を記載したものであり、したがって、選択、非選択に関わりのない一般的な意味でのビットラインの意味であって、「上記アドレス信号のうちY方向アドレスをデコードした出力によって選択されるビットライン」のことであると解するのが相当である。

<3> 次に、引用例の記載事項についてみる。

成立に争いのない甲第4号証(昭和54年特許出願公開第107638号公報)によれば、引用例は、名称を「半導体メモリ装置におけるメモリデータ読出回路」(1頁左下欄2、3行)とする発明であり、その特許請求の範囲1項は、「半導体メモリ装置におけるメモリデータ読出ラインに該メモリデータ読出ラインの電圧振幅の抑制を可能とする回路プロツクを接続する一方、該回路プロツクが接続された各メモリデータ読出ラインの非選択時には、該メモリデータ読出ラインを前記電圧振幅内の電位にプリチヤージするべく、前記回路プロツクと同様の回路プロツクを設けたことを特徴とするメモリデータ読出回路。」(1頁5行ないし13行)と記載され、その発明の詳細な説明には、「端子T2が“H”レベルとなった場合には例えば端子T1は”L”レベルであり、スイツチトランジスタP11、P12、P13、P14及びR11、R12、R13、R14はオフとなってデータライン11、12、13、14は非選択となり、また接地レベルから切離される。一方、インバータS1を介在させたことによりスイツチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14はオン状態になり、データライン11、12、13、14は回路プロツクCB0と導通し、該回路ブロックCB0によつて作成されたプリチヤージ電圧Vによってプリチヤージされる。」(4頁右上欄16行ないし左下欄6行)と記載されていることが認められる。

この記載からすると、引用例のスイッチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14は、端子T1の制御レベルにより、定電圧源となる回路ブロックCB0と非選択のデータラインとを接続するものである。また、引用例の回路図(別紙図面2)から、このスイッチトランジスタは、ビットラインと定電圧源の間に配置され、その導通によってこれらを接続するものであることが認められる。

<4> そうすると、本願発明の「トランスファーゲート」と引用例記載の発明の「スイッチトランジスタ」は、両者とも定電圧源とビットラインとの間に配置され、それらの間の接続を制御する点において、同じ構成及び機能を有しているということができる。

このことからすれば、本願発明と引用例記載の発明とが、「上記定電圧源と上記ビットラインとを接続するトランスファーゲートを備えた」点で一致するとした審決の判断に誤りはない。

<5> 上記<4>の判断からすれば、「本願発明は、アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力するエッジトリガ回路を設けて、該エッジトリガ回路の出力の制御により定電圧源とビットラインとが接続されるのに対して、引用例記載の発明は、データライン選択用の信号に応じて、回路ブロックCB0とメモリデータ読出ラインとが接続される点で相違する」とする審決の相違点についての認定は誤りではなく、審決に原告主張の相違点の看過は存しない。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について

<1> 原告は、審決が、「メモリ装置の読出時、定電圧源とビットラインとを接続してビットラインをプリチャージする手段として、アドレス信号の変化点を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力する回路を設けて、該回路の出力の制御により電圧源とビットラインとを接続したものは周知である」と認定判断したことは誤りであると主張するので、まずこの点について検討する。

成立に争いのない乙第1号証(昭和56年特許出願公開第68989号公報)によれば、同号証は、名称を「メモリ回路」(1頁左下欄3行)とする発明の特許公開公報であり、その特許請求の範囲は「アドレス入力の論理変化を検知する手段と、少なくとも1つ以上のアドレス入力に関して論理変化が起こった場合にのみ内部クロックを発生させる手段とを備えたメモリ回路において、前記内部クロックにより制御される機能ブロックが前記アドレス入力の論理変化後リセット状態を経てイネーブル状態に移行するようにしたことを特徴とするメモリ回路。」(1頁左下欄5行ないし12行)と記載され、その発明の詳細な説明には、「このデイジット線D1、D2はPチャンネルMOST

Q11~Q13により、コントロール信号CE3が低レベルの期間、リセット状態、すなわちプリチャージされる。」(4頁左下欄1行ないし4行)と記載されていることが認められ、ここでは、デイジット線がコントロール信号CE3の制御によりプリチャージされることが示されている。

さらに、同号証によれば、「第10図にアドレスの変化を受けて内部クロックOS1が発生され、さらに信号OS1に基いて周知の方法等により各機能回路に最適な各コントロール信号CE2~CE5のタイミング関係の一例を示す。データ出力は各機能ブロックのリセットが終了してからアクセスされたデータとなる。」(4頁右下欄8行ないし13行)と記載されていることが認められ、ここでは、コントロール信号CE3はアドレスの変化を受けて発生された信号OS1に基づいて発生すること、及び、コントロール信号CE3はデータの読出しに先行して低レベルになり、プリチャージが行われることが示されている。

また、成立に争いのない乙第2号証(昭和57年特許出願公開第40793号公報)によれば、同号証は、名称を「メモリ回路」(1頁左下欄3行)とする発明の特許公開公報であり、その特許請求の範囲は「アドレス入力の論理変化を検知する手段と、少くとも1つのアドレス入力に論理変化が起こったことを前記検知手段が検知した場合に内部クロックを発生する手段と、電源電圧の変化を検出して初期設定するためのリセット信号を発生する手段とを備えたことを特徴とするメモリ回路。」(手続補正書に訂正された特許請求の範囲)と記載され、その発明の詳細な説明には、「一般的に同期型回路は活性化の前にリセット・プリチャージの状態を経なければ正常動作しない。」(2頁右下欄14行ないし16行)、「このデイジット線DL、DLはPチャネルMOSトランジスタQP15~QP17に接続されて、制御信号CE3によりリセットプリチャージされる。」(4頁右下欄13行ないし16行)、「第12図に制御信号CE1~CE2の適当なタイミング関係の一例を、電源投入開始(時刻T71)からアドレスが1度論理変化を起こす(T74)迄の期間について示した。」(頁左上欄13行ないし16行)と記載されていることが認められ、同号証記載の発明においては、前示乙第1号証記載の発明と同じように、デイジット線がコントロール信号によりプリチャージされること、コントロール信号はアドレスの変化を受けて発生された信号に基づいて発生すること、コントロール信号はデータの読出しに先行して低レベルになりプリチャージが行われることが示されている。

このように、乙第1、第2号証には、アドレスの変化を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力する回路を設けて、該回路の出力の制御により電圧源とビットラインとをデータの読出しに先行して接続する技術が開示されており、この技術は、上記乙号各証の刊行時期及びその記載内容からして、本出願前周知であったものと認めることができる。

したがって、上記技術事項を本出願前周知であったとした審決の認定に誤りはない。

<2> 次に、原告は、「引用例のビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間点である第3の電位でプリチャージするという技術的思想を、上記周知の定電圧源とビットラインとの接続手段に適用して、本願発明のようにすることは、当業者が格別工夫を必要とすることなく推考できる程度のことである」とした審決の認定判断は誤りである旨主張する。

前掲甲第4号証によれば、引用例には、「端子T2が“H”レベルとなつた場合には例えば端子T1は“L”レベルであり、スイツチトランジスタP11、P12、P13、P14及びR11、R12、R13、R14はオフとなつてデータライン11、12、13、14は非選択となり、また接地レベルから切離される。一方、インバータS1を介在させたことによりスイッチトランジスタQ11、Q12、Q13、Q14はオン状態になり、データライン11、12、13、14は回路ブロツクCB0と導通し、該回路ブロツクCB0によつて作成されたプリチヤージ電圧Vによつてプリチヤージされる。」(4頁右上欄16行ないし左下欄6行)、「プリチヤージ電圧Vは回路ブロツクCB1、CB2、CB3、CB4によつて抑制された前記電圧振幅内の略々中間のレベルとなる。すなわちデータライン11、12、13、14はこれらに連なるメモリ素子111、112、…144のオン、オフに拘らず前述のレベルにプリチヤージされ、従つて、これらのデータラインが後に選択されたときにはその立上り時間、立下り時間が最も効果的に短縮されることになる。」(4頁左下欄9行ないし17行)、「本発明は回路ブロツクCB1、CB2、CB3、CB4によつて選択されたデータラインの電圧振幅を一定範囲内に抑制し、また回路ブロツクCB0によってこのとき非選択のデータラインを上記電圧振幅内の電位にプリチヤージしておくものであるから、各データラインの“L”レベルから“H”レベルへの立上り、“H”レベルから“L”レベルへの立下りが迅速に行われる結果メモリデータの読出時間の短縮を可能とする。」(4頁右下欄3行ないし9行)と記載されていることが認められ、このことから、引用例には、後に選択される場合に備えてデータラインを中間のレベルにプリチャージしておくと、実際に選択された場合にはデータの読出し時間が短縮できることが示されているということができる。

このように、アドレスの変化を検出し、この検出した変化点から所定時間の間、信号を出力する回路を設けて、該回路の出力の制御により電圧源とビットラインとをデータの読出しに先行して接続し、ビットラインをプリチャージすることは周知であり、また、引用例には、後に選択される場合に備えてデータラインを中間のレベルにプリチャージしておくと、実際に選択された場合にはデータの読出し時間が短縮できることが示されている。

したがって、読出しに先行して行われるビットラインを第1の電位と第2の電位とのほぼ中間である第3の電位でプリチャージするという引用例記載の発明の技術的思想を、同様に読出しに先行して行われる上記周知の定電圧源とビットラインとの接続手段に適用して、本願発明のように構成することは、当業者が格別工夫を必要とすることなく推考できた程度のことというべきであり、審決のこの点についての判断を誤りであるとすることはできない。

<3> 原告は、乙第1、第2号証に開示された周知技術は、

イ. 電源電圧Vccの電圧源とビットラインとの接続に関する技術であり、第3の電位でビットラインをプリチャージするものではないこと、

ロ. 引用例は、非選択のビットラインを第3の電位でプリチャージするものであるのに対し、本願発明は、選択されたビットラインを含むビットラインを第3の電位でプリチャージするものであること

から、両者の技術的思想は相違し、引用例記載の発明に周知技術を適用しても、本願発明の構成とすることができないと主張する。

しかしながら、上記周知技術は、ビットラインの選択に先行して、すなわち、読出しに先行して、直前にそのビットラインをプリチャージするものであり、また、読出しに先行してビットラインを第3の電位にプリチャージすることは引用例に記載されており、その場合、プリチャージすべきビットラインは、読出しに先行し、かつ、読出しの直前に、その都度プリチャージすべきであることは、プリチャージを行う意義からして当然に推測され得る事項である。したがって、引用例記載の発明に周知技術を適用すれば、本願発明の構成にならないということはできない。

<4> したがって、本願発明と引用例記載の発明との相違点について、引用例記載の発明に前記周知技術を適用して本願発明の構成とすることは、当業者が格別工夫することなく推考できる程度のことであるとした審決の認定判断に誤りはない。

(3)  取消事由3(顕著な作用効果の看過)について

原告は、本願発明について、「その効果も格別のものとは認められない」とした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、読出しに先行して行われるビットラインを第3の電位でプリチャージするという引用例記載の発明における技術的思想に、同様に読出しに先行して行われる定電圧源とビットラインとの周知の接続手段を適用して本願発明を得ることに格別の進歩性が認められないことは、(2)判示のとおりである。

そして、アクセス時間を短縮して安定なデータを得るという本願発明の作用効果も、上記周知技術及び引用例のビットラインをプリチャージする技術を適用するに際して当業者が当然に予測し得た必然的に得られる作用効果にすぎないものと認められ、両者がそれぞれ奏する作用効果に比して顕著なものであるということはできない。

したがって、審決には本願発明の奏する顕著な作用効果を看過した誤りは存しない。

3  そうすると、原告の審決の取消事由の主張は、いずれも理由がない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

<省略>

<省略>

別紙図面2

<省略>

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